「まだ使えるから。」
「せっかく買ったから。」
「いつか使うかもしれないから。」
私は長い間、「捨てること=もったいない」と思っていました。
だから使っていないものもなかなか手放せず、家の中にたくさん置いていました。
でも捨て活を続けるうちに、少しずつ考え方が変わりました。
今の私が思う本当の「もったいない」は、物を捨てることではありません。
時間やお金、心の余裕を失うことの方が、ずっともったいないと感じています。
今回は、私が捨て活を通して気づいた「本当のもったいない」についてお話ししたいと思います。
「いつか使うかも」のために家賃を払うのはもったいない
「いつか使えるかもしれない。」
そう思って取っておいたものは、経験上ほとんど出番がありませんでした。
例えば電化製品。
生産完了した時点から劣化が始まっています。
数年後に使うときがきても、安心して使えるかは分かりません。
無駄にするくらいなら、メルカリやリユースショプを利用して、欲しい人に使ってもらった方がモノを活かすことができます。
モノは使うためにあるので、使わずにいること自体がもったいないと感じています。
また、使っていないものでも収納スペースを使います。
ものが多ければ、その分広い収納や広い家が必要になります。
使っていないモノのために家賃を払うのはもったいないと感じています。
見栄のための浪費がもったいない

私は以前、ホームベーカリーを持っていました。
購入のきっかけは素敵な暮らし系YouTuberさんの動画。
ホームベーカリーで焼いたパンを囲む食卓が素敵で、「こんな丁寧な暮らしがしたい」と思いました。
でも今振り返ると、パンを焼きたかったというより、「丁寧な暮らしをしている素敵な人」になりたかったのだと思います。
それは自分の心からやりたいことではなく、自分も人から素敵に思われたいという「他人目線」を意識したものでした。
ホームベーカリーを見るたびに、「あの人みたいな暮らし」ができない自分や、夫に買ってもらったのに使いこなせなかった罪悪感がありました。
手放したとき、“自分をよく見せたい”という重たい気持ちも一緒になくなったような気がします。
背伸びしたい思いから解放され、素の自分に戻るような安堵感があったのを、今でもはっきりと思えています。
自分らしくないもののためにお金を使うこと。
それは私にとって、とてももったいないことでした。
使わないものの掃除に時間を使うのはもったいない
ものが多いと、掃除をするときに一度どかしたり、整理したりする手間がかかります。
そしてなにより「掃除するのが面倒だな。」という気持ちになります。
私は以前、ストレス発散で雑貨を買うことがよくありました。
棚の上にはたくさんの雑貨が並び、掃除のたびに一つずつどかして、また元に戻す作業をしていました。
週末になるたびに、「掃除しなきゃ……。」と腰が重くなっていたのです。
少しずつものを減らしていくと、家の中に余白が生まれました。
すると、お気に入りのものが以前より素敵に見えるようになりました。
余白というキャンバスに、お気に入りのものが上品に佇む。
まるでスポットライトが当たっているような、そんな美しさがそこにはありました。
掃除がぐっと楽になったのはいうまでもありません。
使わないもののために、時間や労力、心の余裕まで失っていたことの方が、もったいなかったのだと思います。
手放さないと同じ失敗を繰り返してしまう
私は、捨てずに取っておくことは、買い物の失敗と向き合うことから逃げている部分もあると思っています。
なぜ使わなかったのか。
なぜ不要になったのか。
それを考えることで、次の買い物に活かせます。
今の自分に必要なものや、本当に好きなものを知るきっかけにもなります。
それを知らないまま過ごしてしまうことの方が、もったいないのかもしれません。
たくさん持っているのに使いきれないのはもったいない
私は昔、服が大好きで、一日に10万円近く使うこともありました。
それでも「着る服がない」と思い、さらに買い足していました。
でも、体はひとつ。休日も週に二日です。
一度しか着ないままシーズンが終わってしまい、着なくなってしまう服もありました。
今は、本当に着たいと思う服を丁寧に選び、たくさん着て、最後まで使い切るようになりました。
そのほうが圧倒的にコスパがいいです。
以前より服の数は少なくなりましたが、一枚あたりの満足度は高くなりました。
たくさん持つことが豊かなのではなく、持っているものを活かしきれないことの方が、私にとってはもったいないことでした。
「今あるもので十分」と気づけないのはもったいない

余分なものを手放していくと、毎日使っているものは意外と少ないことに気づきます。
私は捨て活を通して、
「今あるもので十分暮らしていける。」
そう感じられるようになりました。
「もっと」ではなく、「これで十分」
私にとって“足るを知る”ことができたことが一番の財産となりました。
次から次へと欲しいものを追いかけるのではなく、今あるものに目を向けること。
それは私にとって、大きな豊かさでした。
心の余裕を失うのはもったいない
「片付けなきゃ。」
「でも今日は疲れているからまた今度。」
そんな気持ちが積み重なって、知らないうちにストレスになっていました。
ものが多いと、視覚的な情報も増えて落ち着きません。
部屋は心を移す鏡。
リラックスするためには、部屋を整えるのが近道です。
家はくつろぐ場所のはずなのに、ものによって疲れてしまうのはもったいないことだと思います。
脳のエネルギーを無駄に使うのはもったいない
服選び。
食器選び。
探し物。
小さなことですが、毎日の決断は意外と脳を使います。
迷わずサッと選び取ることができるのは本当に心地いい。
モノが多くて決断疲れするのは、もったいないと感じます。
私は、できるだけ決断する回数を減らして、仕事や好きなことにエネルギーを使いたいと思うようになりました。
やりたくないことに時間を使うのがもったいない
「もったいない」は、モノだけの話ではありません。
気が進まない飲み会や、付き合いだけの集まり。
そんな時間やお金も、今はもったいないと感じます。
以前の私は、孤独を恐れて滅多に誘いを断ることをしませんでした。
「せっかく誘ってくれたのに断るのは申し訳ない」と「本当はあまりいきたくない」という気持ちのせめぎ合いに苦しむこともありました。
でも今は、気乗りしないお誘いを断れるようになりました。
限られた時間だからこそ、自分が心から会いたい人や、大切にしたいことに使いたい。
そう思うようになりました。
まとめ
以前の私は、「捨てること」がもったいないと思っていました。
でも今は、
・時間
・お金
・心の余裕
・自分のエネルギー
を失うことの方が、ずっともったいないと感じています。
「いつか使うかも」
そう思って残しているものがあるなら、一度立ち止まって考えてみたい。
私にとって本当にもったいないのは何だろう?
そんなふうに、自分に問いかけるようになりました。
「もったいない」の意味は、人それぞれ違うのかもしれません。
私はこれからも、自分にとって本当に大切なものを見失わないように暮らしていきたいと思っています。

